呉子
第一 図国篇
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呉起は兵法論を持って魏の文侯に面会を求めたが、「わしは戦争が好かん」と返された。 「あなたはなぜ心にもないことを言うのです。職人たちに作らせている鎧や戟(武器の一つ)や兵車はなんです。まさかのときのためだったとしても、それを使いこなせる者がいなければ物の役には立ちませんぞ。闘志だけは盛んであったとしてもたちまち殺されてしまうでしょう。 昔、承桑氏は内政だけを重んじたために国を滅ぼしました。逆に有扈氏は軍事に頼りすぎたために国を滅ぼしました。だからこそ、明君は内に向かって内政を整え、外に対して軍事を強化するのです。敵を前にして戦おうとしないのは"義"とは言えず、そうして敵に殺された人民を哀悼したところで"仁"とは言えません」 うなずいた文侯は呉起を歓待して将軍に任命し、要衝の地である西河を守らせた。 以来戦うこと七六回、うち六四勝一二分けという目覚しい戦果を挙げた。魏が千里四方も領土を拡大できたのはすべて呉起の功績である。 呉子曰く、「君主は泰一に臣下領民を教育して皆が団結するようにしました。団結を乱す四つの不和があります。国が団結していなければ軍を動かしてはいけません。軍が団結していなければ部隊を出撃させてはいれません。部隊に団結がなければ進撃してはいけません。いざ合戦に際して団結がなければ決戦に出てはいけません。 ゆえに賢明な君主は、人民を動員するときにはまず団結をはかったうえで決断を下しました。しかも独断には頼りませんでした。 君主がこのように慎重な態度で臨めば、人民も自分たちの命が大事にされていると感激し、戦争に赴いても進んで死ぬことを栄誉とし、退いて生き残ることを恥辱とするでしょう」 呉子曰く、「道は根本に立ち返り原点に立ち戻れる。義は大事を成し遂げて功績を挙げられる。礼は損害を免れ利益を得られる。仁は業績を維持し成果を確保できる。もし道に背き義に反しているなら必ず身を滅ぼし国を失うこととなるのです。だから聖人は道をもって天下を安んじ、義をもって人民を治め、礼をもって人民を動かし、仁をもって人民を慈しむ。この四徳を守れば興隆し、守らなければ滅亡します。 昔、殷の湯王が夏の桀を討伐したとき夏の人民でさえもそれを喜び、周の武王が殷の紂王を討伐したとき殷の人民でさえもそれを認めました。湯王や武王の行いが天の意志と人民の願いにかなっていたからです」 呉子曰く、「国や軍を制するには、必ず礼をもって人民を教化し、義をもって士気を奮い立たせ、恥辱を感じる気風を植えつけなければなりません。それでこそ攻守に足る軍が出来上がるのです。 しかし、戦って勝利を収めることは容易である反面、勝ち続けることは難しいものです。 なのでこう言われています。 『天下の強国のなかで、五度も勝利を収めた者は破滅した。四度勝利を収めた者は疲弊した。三度勝利を収めた者は覇者となった。二度勝利を収めた者は王となった。一度勝利を収めた者は帝となった』 戦い続けて天下を取った者は少なく、かえって滅亡した者が多いのはそのためでしょう」 呉子曰く、「戦争が起こるのは次の五つの原因によります。名誉を争う、利益を争う、憎悪に駆られる、内乱になる、飢餓による。 戦争はその意味合いから義兵、強兵、剛兵、暴兵、逆兵の5つに分類できます。 義兵とは、暴政をやめさせて混乱を救うための戦争である。 強兵とは、強大な兵力をもって弱者を侵略する戦争である。 剛兵とは、怒りに任せて発動する戦争である。 暴兵とは、礼儀を捨てて利益を貪る戦争である。 逆兵とは、国政が乱れて人民が疲弊しているのに、それを無視して強行する戦争である。 もし敵がこのような戦争を仕掛けてきたら、その対策は次のとおりです。 義兵に対しては、礼をもって人々と接して口実を与えない。 強兵に対しては、下手に出て逆らわない。 剛兵に対しては、外交でやりこめる。 暴兵に対しては、奇策でやりこめる。 逆兵に対しては、謀略でやりこめます。」 武侯が尋ねた。「よろしければ軍を治め、国を強固にする方策を教えてほしい」 呉起曰く、「昔の明君は君臣の関係、上下の身分を整え、人々を集めて身分に応じて教育しました。そして優れた人材を選抜して不測の事態に備えたのです。 斉の桓公は勇士五万を募って、晋の文侯は精鋭四万を編成して天下に覇を唱えました。秦の穆公は決死隊三万を組織して周辺諸国を制圧しました。これでわかるように、強国の君主はいずれも人材を識別してその活用を心がけたのです。 胆力、気力とも優れた者を集めて一隊を編成します。 死を恐れず力の限り奮戦して勲功を立てたいと願っている者を集めて一隊とします。 足が速くて身のこなしが軽く遠路も苦にしない者を集めて一隊とします。 左遷や失脚した高官で手柄を立てて返り咲きしたいと願う者を集めて一隊を編成します。 城や陣を捨てて退却した将兵で汚名返上の機会を狙っているものを集めて一隊を編成します。 以上五つは最も精強な部隊です。三千もいればいかなる重囲も突破し堅城も攻略することができるでしょう」 武侯が尋ねた。「敵と対陣しても隙を与えない、守勢に回っても綻びを見せない、そして戦えば勝つ、この方策について教えてほしい」 呉起曰く、「君主が賢者を高い位にし、不肖者を低い位にとどめておけば敵に隙を与えません。人民の生活を安定させ、人民が為政者に全幅の信頼を寄せるようにすれば国の守りに綻びを見せません。万民ことごとく君主の政治に満足し、敵国の政治に不満を抱くようになれば戦わずして勝利を収められます」 会議が開かれたが誰一人として武侯よりすぐれた意見が出なかった。退出するとき武侯は得意顔である。 それを見て呉起が進み出て曰く、「昔、楚の荘王が会議したとき誰一人として荘王よりすぐれた意見が出なかったことがございます。退出するとき荘王には失望の色が浮かんでいたそうです。それを見て申公が尋ねました。『なぜそのような顔色なのでしょうか?』。荘王はこう答えたそうです。『「どの時代にも聖人はおりどの国にも賢者はいる。それを見出して師と仰ぐ者は王者となり、友として迎える者は覇者となる」というではないか。わしはもとより至らぬ身だ。ところが今群臣ことごとくがそのわしにさえ及ばない。これでは我が国の前途が心配でな』。荘王はこのように臣下の無能を悲しんだのです。しかるにあなたはそれを喜んでおられる。我が国はこの先どうなることか心配でなりません」 武侯は自らの不明を恥じた。 |